#12 ファイト・ファイア・ウィズ・ポラリス

立て続けに銃声が響く。その度にラドンはぐにゃりと形を変えて、肉片と鮮血を飛び散らせた。磁気ロックの扉の向こう。息を荒げたオルティが、片腕で短銃を構えたまま飛び込んでくる。

「てめッ……さては、盗聴してたな……。」
「当たり前だ、バカ!」

そしてオルティは、倒れたラドンを睨みつける。ラドンはあちこちに穴を開けたまま、暴れることもなく、虚な目でオルティを見上げていた。

「……憶えちゃいないだろうな、20年も昔に暴行した女の子のことなんか。これはあの子の意志だ!! お前が踏み(にじ)ったものの報いだ!!」

叩きつけるように、擦り切れた IDカードをラドンに投げつけ。オルティは再び彼に銃口を向けた。(はげ)しい憎悪と嫌悪、怒りを込めて引鉄(トリガー)を引く。

「……精々、地獄でその裁きを受けろ……!」

ラドンの脳天を弾丸で貫き、オルティは即座にエヴァグリーンの状況を探った。血が巡らずに詰まっているとわかるや否や、ジャケットを脱がせる。そして、その固まった右腕をぐっと押さえつけ、二の腕に銃口を押し当てる。

「悪い。……これしか思いつかない。」

エヴァグリーンは、黙って頷いた。
そして、銃声がもう一発響く。
腕が千切れ飛び、鮮血が吹き出す。それが、ふたりを濁々(だくだく)と濡らした。エヴァグリーンは急激に循環する血流に大きく息を吸った。オルティは安堵したように、あるいは体力の限界か、力が抜けたように座り込んだ。
——その背後で、脳天を撃たれたはずの男がゆらりと立ち上がっている。

ラドンがその鋭い爪を、オルティに向けて振るう瞬間。体の自由を取り戻したエヴァグリーンは、考える間もなく、ラドンに飛びかかっていた。
そして確信する。こいつは竜種だ。耳を短く切り、牙を削り、人に似せていたのだ。脳天を撃ち抜かれて死ぬはずがない。竜種だからだ。血の魔法がその生命を守っている。心核を貫くしかない。エヴァグリーンは弾け飛んだ右腕の代わりに、その牙を奮って男の喉笛に喰らい付いた。
いつか、首だけになってもお前を殺すと、オルティに告げたことがあった気がした。

「おまえが、おれに敵うと、本気で思っているのか!!」

ラドンは喉を裂かれ、ごぼごぼと血糊を吐きながら。曇った声で嘲笑した。事実、ラドンの身体は1ミリたりとも動いていない。エヴァグリーンでは体格が足りない。ましてや片腕を奪われ、力の源である血も、大量に失っている今。エヴァグリーンを闘わせているのは、ただその闘志だけだった。
単純な竜種同士の比べ合いならば。力が強い方が勝つのが道理だ。それでも両脚を精一杯踏み締め、懸命にラドンを食い止める。今のエヴァグリーンはひとりではない。オルティなら、必ずなんとかする。

——オルティの腕が、背後からエヴァグリーンを抱き留めた。ほとんど上がらない左腕で、柔らかく、力強く。あとひと押しを担うかのように。銃を握る左手・・に、エヴァグリーンは自身の左手を添えた。
そして、エヴァグリーンは全力を込めて、ラドンの喉を噛み砕く。銃が咆哮する。体に大穴を開けて、ラドンは蹌踉(よろ)めいた。
しかし、それは心核を外していた。
歪に曲がり、あり得ない方へ向いた頭で、ラドンはニタリと笑う。相手は片腕のない竜種と、死に体の人類種が一匹ずつ。これ以上何ができる。そう言わんばかりに、ゆらりと幽鬼の如く立つ。さぞ絶望しているであろう獲物の顔を一目見ようと、見開いた目に映ったのは。

勝利を確信し、中指を立てて笑む、エヴァグリーンの姿だった。

オルティの右手には、手投げ弾のピンだけが、ぬらりと血の色に光っている。ラドンが彼らと離れる直前、その黄金の果実は。銃弾が抉ったラドンの腹へと、置き去りにされたのだ。

手投げ弾の爆発から、オルティを庇う。当たり前のように、そうしていた。瓦礫と(ほこり)が降り注いだ。それらは、全てエヴァグリーンが受け止めた。鉄の床には大穴が空いた。
やっと、静かになった船内で。オルティは、ようやく人心地ついたように、呟く。

「……実感が、湧かない」
「俺もだ」
「……終わってくれると思ったんだ。20年……タリーの、妹の仇……でも、はは……何も変わりやしないじゃないか……!」

オルティは、泣き笑いの表情で、エヴァグリーンの腕の中にいた。
俺もだ、と繰り返す。何も終わらず、何も変わらなかった。ただ何の実感も、感慨もない。ただ竜種をひとり殺した。それだけで。
それでも、腕の中のオルティは、暖かく、生きていたから。エヴァグリーンは、深く息を吐いて。ジャケットを掴んで立ち上がる。それは散弾に裂かれ、血と埃で汚れてしまっていた。けれど、せっかくの贈り物を置いて行きたくなかった。
右腕はまだ再生が間に合っていない。片腕で、ふらついているオルティを支えて、ゆっくりと歩き出す。怪我した腕で銃を撃つなんて、無茶しやがって。けれど、その無茶のおかげで助かった。

……静かすぎる、と思った。
船内で爆発が起こったんだ。沈むほどの衝撃でなかったとはいえ、警報すら鳴らないうえに、誰も駆けつけてこない。
その答えは、デッキまで上がって明らかになった。

大扉を押し開けたところで、彼は待っていた。
エルドラド・ドゥ・ナスタヤーシャ・ヴィア・アマデウス3世。彼は優雅に微笑みながら、オルティを見つめた。

「ずいぶん長いお手洗いだったね、仔猫ちゃん?」

そして、パーティ客たちはいつの間にか銃器で武装して。エヴァグリーンとオルティに、その銃口を向けている。こいつら、全員グルだったのか。

「仔猫ちゃん、もうネズミちゃんとの追いかけっこは終わったかな。気が済んだ? 楽しかった? 俺が何も知らないって、本当にそう思ってた?」
「ッ、てめぇ…!」

食ってかかろうとするエヴァグリーンを、無数の銃口が制する。そして、誰よりもオルティ自身が。

「いい。エヴァグリーン。」

そして、エヴァグリーンの手を離れ。
オルティはふらふらと、エルドラドの方へと歩き出す。

「……オルティ?」
「3世。……この艦の資金提供者は、貴方だった。そうですね」
「その通り。もうずいぶん長い間、懇意にしてる。その彼らが、竜種を連れた情報屋に探られてるって泣きついてきた。」

緊迫した空気の中、エルドラドはあくまで楽しげに語る。

「俺にとっては小遣い程度の投資だけど。玩具(オモチャ)箱を漁られるのは好きじゃない。それで詳しく調べさせた。ライドウって言うんだっけ? あのコたちもお金でよく動いてくれたよね。」

返り血と煤で汚れたオルティを、エルドラドはそっと抱き寄せる。その汚れも(いと)わずに。頬の泥を指で拭い、お気に入りの玩具を見つめるように、きらきらと愛おしげな目を向ける。

「どうして仔猫ちゃんがここまで頑張るのか、不思議だったんだよ。仇だったんだ。ありがちな、つまんない理由。でももう、全部終わったでしょ?」

すっと、エルドラドの青い目が冴える。形の良い唇が、弑逆(しいぎゃく)的な、嫌な笑みを作った。

「結局全部、俺の思い通りになった。……そっちのトカゲは死んでくれなかったけどさ……。もう、俺のモノになる時間だ。」

オルティは、答えない。バイカラーの瞳が、今にも泣き出しそうに揺れる。
有無を言わせない状況だった。オルティが何を答えようと、エルドラドはエヴァグリーンを殺すだろう。オルティにできる懇願はひとつだ。その手を取る代わりにどうか、エヴァグリーンを見逃してくれ、と。

けれど。
エヴァグリーンは察している。オルティが今、何を迫られ、何を答えようと——言わされようとしているのか。オルティが守ろうとした全てを、エルドラドは踏み(にじ)ろうとしていた。
それは、不快だと思った。嫌だと、思ってしまった。
オルティは望んでいるはずだ。どうか逃げて欲しいと。(はかり)にかけているはずだ。どうせ短い自分の命を。それが、エヴァグリーンには何よりも許せなかった。だって。

「オルティ!!」

エヴァグリーンは叫ぶ。全力でその名を呼ぶ。全員がそちらを向く。そして、空白ができる。

「——来い! 俺にはお前が必要だ!!」

その手を掴んで、駆け出す。もう、どこへ逃げれば良いかわからない。ただ、駆け出す。しっかりと、その腕の中にオルティを抱く。
オルティは少しだけ驚いた顔をして、バカ、と呟いた。

「エヴァグリーン……どうする気だ」

鉛の雨をかいくぐり、鉄の階段を駆け降りる。オルティに当たることを恐れたのか、撃方(うちかた)はエルドラドが途中で止めさせた。何十もの足音に追い立てられながら、エヴァグリーンは自分がかつて、この船を離れた時のことを思い出していた。

「俺が捨てられた時……船の下の方から、小さな穴みたいのに入れられたんだ。だから、どっかに出口があるはずだ」

オルティは少し考えて、はっとしたように顔を上げる。

「魚雷の発射口!」

そして、何本かの鉄の階段を駆け降りる最中、あれだ、とオルティが指し示したのは、薬莢に尾鰭がついたような姿の、馬鹿でかい弾丸だ。天井に開いた大穴のせいか、それは棚から外れて転がっていた。オルティはそれを見て息を飲んだ。

「旧式のインパクトタイプだ……誘爆してたら、危うくラドンと心中だったぞ……。」

そして、その瓦礫の奥のほうに、埋もれたハッチが見えた。このままでは使えそうもない。歯噛みするエヴァグリーンとオルティの頭上から、嫌味な声が降ってくる。

「仔猫ちゃん、どうして逃げるかなぁ?」

かつかつと、鉄の床に足音を響かせながら。冷たい銃口を幾重にも重ねて、エルドラドは高みから、ふたりを見下ろしていた。
オルティは心底からの軽蔑を、その男に向けた。それはエルドラドを喜ばせるだけだと知っていたが、言わずにはいられなかったのだ。

「……貴方が大嫌いだからです、3世」

エルドラドは目を細めて、オルティを見た。

「そう。でも、俺は愛してるよ。愛してる、初めて会った時からずっとだ。これからもずっとずっとずっと愛してあげるよ。愛してるよ、オルティ。本当に、心から!」

オルティは、笑っていた。何か、糸が切れたような笑いだった。けれど、その目はエルドラドの腕に抱かれていた時とは違う、ひとつも何も諦めていない目をしていた。

「エヴァグリーン、」

オルティの呼びかけに応じて、エヴァグリーンは右腕の鮮血を固める。
血でできた剛腕が、転がった魚雷の鯨のように太い胴をぐっと掴んだ。

「——やっちまえ!」

そして、全力で投擲する。それは唸りを上げ、船倉をかっ飛んだ。
厚い艦の壁を突き破り、魚雷は船外で爆音を(とどろ)かせた。艦は大きく(かし)ぎ、海水が勢いよく流れ込む。濁流が何もかもを押し流す。エルドラドの黄金色のジャケットが、流れの中に浮かんで消えた。

「ははッ! 見たかよ!! 最っっ高!!」

オルティは爽快な、はしゃぐような歓声をあげた。

(続く)