#10.ローズ・ハズ・ボムトラック・ソーン

聖誕祭が、日に日に近づいている。
建物は金や銀や、赤や緑のモールを巻きつけられて、街はすっかり賑やかに飾られた。あちこちでモミの木が売りに出されて、緑の香りに(いぶ)される。時には雪が静かに街に降りて、路面をシャーベットに変えていく。町中が今か今かと聖誕祭を待ち侘びている。その最中(さなか)のことである。

エヴァグリーンは大量の荷物を持たされて、オルティの後ろを付いて歩いていた。紙袋を両手に十()はぶら下げている。オルティは上機嫌だ。紙袋の中身は、すべて社員たちへの聖誕祭の贈り物だった。
オルティの頭上には、彼らから贈られたフェドラが乗っかっている。これだけの物を貰ったのだからと、オルティは俄然(がぜん)気合を入れて贈り物を選んでいた。

「こんなに買い込んでどーすんだよ」
「聖誕祭なんだから、プレゼントはあって然るべきだろ。大人でもな。」
「そーいうモンなのか」
「そーいうモンだ。ほら、次行くぞ」

今日のエヴァグリーンは完全に荷物持ちだ。
オルティの左肩は少しずつ良くなってきてはいるものの、まだ動かすだけでも相当痛むらしい。かろうじて肘を曲げて腕を持ち上げることはできる。
それでも車の運転はかなり無茶だと、主治医を務めるナダレは言った。しかしオルティは、どうしても愛車に乗りたがった。尋常ではない金と熱意をかけられたトリノ・バードは、久しぶりの主人との外出を、こころなしか喜んでいるようにも見える。

車に荷物を積み込み、地下駐車場を這い出ると、いつの間にか外は雪模様だ。ちらちらと小さな雪の粒が舞う。オルティは白い空を見上げて、白い息を吐き出して笑った。やっぱりこいつ、雪見てはしゃぐタイプじゃないか。

エヴァグリーンは、これほど楽しそうなオルティを久しぶりに見た。

そういえば、自分を連れて服を買いに出た時も、こんな風だった。まだ街に熱が籠る残暑の、西日が赤く照らす風景を思い出す。オルティと並んで歩いたことを。あの日も山のように紙袋を持たされた。それは随分と遠い思い出になったような、それでいて鮮明なような気がする。

オルティが足を止めたのは、いかにも高級そうなテーラーだった。老舗(しにせ)らしい、重く古めかしい造りの店構えだ。ガラス戸を鈍い金色の真鍮(ブラス)で装飾しているのは、11区のカジノの外観に通じるものがある。クラシックでありながら、ちっとも古ぼけてはいない洗練された芸術。それが、オルティの愛する世界観なのだろう。
ガラス戸を(くぐ)ると、顔馴染みらしい老いた店主が、オルティに微笑みかけた。

「今日は、彼のを作ってもらいたくて」

オルティはエヴァグリーンを指す。

「……俺の?」
「ちょっと要り用なんだ。」

エヴァグリーンは不審そうに眉を吊り上げた。オルティはそれにウインクで応える。老職人は頷くと、ふたりを奥のプライベートなショールームへと案内する。

「長いことこの仕事をしていますが……竜種のお客様は初めてですな。まるで(ヒョウ)だ、良く締まった美しい筋肉をしておられる」

老職人は、手際良くエヴァグリーンの採寸を進めていく。オルティは革張りのソファに深くかけたまま、優雅にそれを眺めていた。エヴァグリーンは落ち着かない様子で、きょろきょろと部屋中を見渡す。ウールやレザーの生地見本(バンチブック)が、壁の棚に所狭しと並んでいる。それをじっと眺めていると、老人に頭の位置を戻されるのだ。

「なるべく動きやすく、軽く丈夫にしてやってほしい」
「それでしたら、こちらの生地で……」
「なるほど、色は……」

布の生地と色でオルティはかなり長いこと悩んでいたが、最後には店主の後押しもあり、ネイビーに決めた。
エヴァグリーンは正直、あの時も今も。何でも変わらない、布は布だと思っている。けれど、オルティがそれを自分のために選んでくれるのは、気分がいい。

「貴方は、少し痩せられましたな。新しくお仕立てしましょうか」

老職人の申し出に、オルティは首を横に振る。これが気に入ってる、というのは嘘だ。オルティにはもう、その仕上がりを待つ時間も、肌に馴染ませる時間もなかった。
老職人は目を細める。本来なら少なくとも六週間かけて作り上げる、最高級のスリーピースだ。オルティはそれを、こ四週間に満たない、聖誕祭までの時間で仕上げてほしいと言う。そして、自身の服の仕立ては不用だと。常ならぬ物を感じ取ったのだろう。深々と頷いた。

「かしこまりました。必要になる前に、少しお時間を取って、おいで下さい。少し生地をつまむ程度なら、すぐにお直しできますから。」

テーラーを出たころには、辺りは薄暗くなりかけていた。気の早いイルミネーションが点灯しはじめ、どこからともなくクリスマス・ソングが流れている。ホリデーシーズンは始まったばかりで、まだ人々が浮かれだすには尚早だ。けれど街ゆく人々は嬉しそうに、楽しそうに。イルミネーションを見上げて笑っている。

「少しだけ……歩かないか。」

オルティがぽつりと言う。
エヴァグリーンは、彼の後に続いて歩き出した。
あちこちで、巨大なモミの木が飾られている。(こずえ)にさまざまな形のオーナメントをぶら下げて、それがイルミネーションを反射してきらきらと光っている。まるで雪の結晶を纏ったように。

「……聖誕祭の日に、ぜんぶ、決着をつけよう。それまでは俺も、何がなんでも生きる。」

それまで、なんて、言ってほしくなかった。
エヴァグリーンは、たとえこの契約が終わったとしても。もう、オルティを手に掛ける気なんか無くなっている。代わりにどんな言葉をかければいいのか、エヴァグリーンには少しもぴんとこなかった。
それが顔に出ていたのか。振り返ったオルティは、エヴァグリーンの顔を見て笑った。

「なんだよ、難しそうな顔して……」

その顔が、途端に険しくなる。エヴァグリーンは咄嗟(とっさ)に脚を振り上げた。鈍い感触がして、それから金属音。ナイフがアスファルトを滑る音だ。

「なんだ、てめえ」

エヴァグリーンは蹴り飛ばした男を睨みつける。しかし、周囲で悲鳴のひとつも上がらない。こいつら、全員敵だ。エヴァグリーンはそう判断した。
——二度目も三度も同じ手を食うか。即座にオルティに飛びつく。銃弾が背を掠めていく。そのままオルティを抱き抱え、エヴァグリーンは地面を蹴る。……腕の中のオルティは、重いのに、軽かった。

次々と飛びかかってくる暴漢たちを、脚だけでいなしながら。エヴァグリーンは駐車場へ飛び込んだ。運転席にオルティを放り込み、なお追い縋る相手を蹴り飛ばす。
さすがにそこまで来れば一般人(堅気)の目にも触れて、悲鳴のひとつやふたつも上がった。しかし相手の諦めは悪く、銃弾がフロントガラスに突き刺さる。

「防弾ガラスにしといてもらって良かったなぁ!!」

エヴァグリーンは牙を剥き出して笑った。オルティはきっと、また新車に傷が入ったことを気にしているだろう。続けて、エヴァグリーンも車に飛び込んだ。オルティは既にエンジンをかけていた。案の定苛ついた様子で、勢い、アクセルを底まで踏む。バックミラー越しに料金所へとコインを投げ込み、トリノ・バードは全速力で、車止めのバーを突き破る。

「ライドウの所の連中には見えなかった。」

エヴァグリーンはそう言いながら、額を拭った。弾が掠めて、血が滲んでいた。
それにはオルティも同意見だった。オルティの狙撃に発端したこととはいえ、彼らの家族である狙撃手を捕らえて拷問にかけた。最終的には命を取らずに返したものの、二度と銃を握れない体にした。それは事実である。ライドウ一門は単なるイーデンの使い走りであったが、だからといって彼らとの軋轢だらけの関係が終了したわけではないのだ。それはきっと、これからもずっと続いていく。
しかし、ライドウのチンピラたちが報復に来たというならば。彼らは名乗りのひとつも上げるだろう。それに、オルティたちを仕留めるためだけに、街を貸切りにするような資金力も彼らにはない。
目出し帽で顔を隠した連中が、バイクでぞろぞろと追ってくる。市街地だというのに、それを気にするそぶりもなくマシンガンを撃ち放しながら。エヴァグリーンはリアウインド越しにそれを眺めていた。なぜだかワクワクした。
車は狭い路地を抜けようとしていた。片腕だというのに、オルティのハンドル捌きは大した物だった。建物の壁スレスレに何度も急ハンドルを切る。曲がりきれなかったバイクが何台もクラッシュした。

広い通りへと出たところで、売り物のモミの木を木っ端微塵に蹴散らしながら、そいつはやってきた。
軍警察の装甲車だ。戦車かと思う見た目のくせにすばしこい。小回りのきく全輪駆動で、エンジンを二基積んでいるのだ。それがけたたましいクラクションを鳴らしながら、四輪を軋ませ、猛った暴れ牛のように追ってくる。エヴァグリーンは口笛を鳴らした。オルティは苦笑いをして吐き捨てる。

「いよいよなりふり構わなくなってきたな……!」

白い弾丸と化した車は、法定速度を無視して突っ走っている。オルティの手は忙しなくシフトレバーとハンドルを行き来していた。このトリノ・バードがクラシックなのは、その見た目だけだ。V8エンジンは激しく燃え、レーシングカー並みに太いハイグリップタイヤをぶん回していた。ハンドルも指先ひとつで回せるほど軽やかなのに、オルティのステアリングの繊細な機微を、ひとつ漏らさずタイヤへ伝えている。

「ふん、こっちだってアクティブ・サスに替えてんだよ! こいつにいくら掛けてると思ってやがる!!」
「はは、めちゃくちゃ追いかけられてるぞ」

エヴァグリーンは爽快に笑う。いざとなったら車から飛び出して、自分が装甲車に突っ込む気でいた。どんな頑丈な車だか知らないが、どうせ運転手は人間だ。殺せば止まる。
オルティはスタンドに刺さった携帯端末を操作しようとしていた。自由にならない左腕でハンドルを押さえて。形の良い唇から、微かに苦痛の息が漏れた。エヴァグリーンは、オルティの手から携帯を奪い取る。オルティは一瞬、呆気に取られた顔をしたが、エヴァグリーンの意図を察して微笑んだ。

「かけてくれ」
「ロータスか?」
「いや。ダレンって奴だ」
「誰だそれ」
「いいから。ハンズフリーにしてくれよ」

数回のコールの後、電話は誰かに繋がった。繋がるなり、電話口の相手は大声で叫ぶ。

『これは緊急回線だって言っただろ!!』
「緊急だからかけてんだよ! ダレン、今日7区に装甲車、出してるか!?」
『7区? 出してない。オルティ……君いったい、何してるんだ?』

それを聞くと、オルティはにんまりと笑った。

「上等だ。後始末は頼む」
『おい! まさか、よせ、オルトヴィン——』

通話終了。エヴァグリーンは指示された通りにそうした。まさかとは思うが、今こいつ、軍警察の緊急回線にかけなかったか?

「ちょっとしたツテでな。旧い友達だ」

そしてオルティは、グローブボックスを開けた。そこには短銃が突っ込まれている。あの化け物装甲車相手にそれは無茶だろ、と鼻で笑おうとしたエヴァグリーンは。グローブボックスから取り出された『それ』を見て、言葉を飲み込んだ。何てモノ積んで走ってんだ。
トリノ・バードはいつの間にか、湾岸道路を疾走していた。

「掴まってろよ!」

急なドリフトターンで、甲高いスキール音が上がる。タイヤは白煙の悲鳴を上げながら、なんとか主人の指示に従っていた。大きく尻を振り反転したトリノ・バードの運転席で、オルティは手投げ弾のピンを咥え抜く。

「マジかお前おい、」
「ハンドル!」

エヴァグリーンは言われるがままにハンドルを取った。
オルティは走行中のドアを開けて、すれ違った装甲車の股下にそれを投げ込む。それから、再びの急加速。

「ちょっと早いが、クリスマスプレゼントだ」

背後で響く爆発音と、上がる黒煙。大横転する装甲車。エヴァグリーンは恐る恐る振り返って、見なかったことにした。それから、ハンドルを取り戻したオルティを見た。
……か弱い振りして、おっかない男。

すっかり夜になっていた。
トリノ・バードのエンジンは疲労困憊だったが、あのドロドロと低いアイドリング音を、まるで猫が喉を鳴らすように響かせていた。あちこち弾丸に切り裂かれ、(すす)けていたが、どこか誇らしげに見える。
車を高台に停めて、オルティは一度、湾岸道路のほうを見下ろした。赤いパトランプが方々から、次々に集まっていく。冷たい風に身をすくめて、すぐに窓を閉める。

「あいつらに感謝しなくちゃな。愛車にこんな晴れ舞台を用意してもらえるとは」

痛烈な皮肉も、どこか嬉しそうに聞こえる。
エヴァグリーンはオルティの煙草を咥えて、火を入れてやった。紫煙が喉に辛い。そうしろと言ったくせに、オルティは差し出された煙草を見て、眉を顰める。

「煙草噛むなよ。(しつけ)の悪い。」
「文句あんならてめえでやれ」

渋々、オルティはそれを咥え直した。

「……お前。オルトヴィンって言うのか。」

エヴァグリーンは、窓の外を眺めながら尋ねた。オレンジ色の街灯がスモークごしに、ゆるやかに流れていく。ぱちぱちと、ガラムは火花の音を立てている。

「隠してるつもりはないんだがな。今でもそう呼ぶのは、旧い付き合いの奴だけだ。」
「旧い付き合い、ねえ。お前にガキの頃とかあんのかよ。」
「あるに決まってるだろ」

微睡(まどろ)むように目を閉じて、エヴァグリーンは少しだけ笑った。想像がつかない。赤子として泣いていた時期が、この男にあるだなんて。

「……話せよ。聞いといてやる」
「話してくださいお願いしますって言え。俺の可愛い坊や時代は安くねえんだよ」

悪態をつきながら、オルティは、ぽつぽつと昔語りをした。どれもこれも、くだらない話ばかりだった。カーステレオは、ありきたりなクリスマスソングを流していた。エヴァグリーンは始終、満足げにそれらを聴いていた。

(続き)