#9.デビルズ・ダンス・ヘブン・アンド・ヘル

冷たい潮風が、雪と共に吹きつける。晩秋の港は、都会よりも随分と寒い。
積み上げられたコンテナの間は、まるでビルが建ち並ぶ、大通りのようになっている。オルティはエヴァグリーンとロータスを伴い、そこを堂々と歩いていた。アイボリーのナポレオンコートが雪風に(ひるがえ)り、コートの飾り羽は孔雀(くじゃく)のように揺れる。
あちこちのコンテナの影で、ニットとダウンの男たちが火を焚いて、きつい酒を片手に談笑している、いかにも学も稼ぎもなさそうな彼らは、オルティを見留(みと)めると次々に、ぎょっとしたように固まった。

オルティが狙撃されてから3週間が経っていた。しかし、肩を貫く銃創がそう簡単に癒えるはずがない。だというのに、目の前のその、四ツ葉の魔法使いときたら! まるで凍った路面を意に介さず、軽やかな足取りでいるのだ!
ライドウ一門は、スプラウスから破門を食らった後、みじめな仕事に落ちぶれた。運搬中の電化製品を奪い、倉庫を襲い、街中で車を盗んではスクラップを剥がす。盗品でできた都市鉱山こそ彼らの労働場所であり、それを(さば)くのがこの港だ。
まさか。奴は当面動けないはずじゃなかったか。あり得ない——。口々の囁きを聞き取り、オルティは微笑み、ロータスは苦い顔をして、エヴァグリーンは声の主を片っ端から睨む。

「おい、サダル。あんまりはしゃぐな……。」

ロータスは、前を歩くオルティに小さく耳打ちした。

「あはは、ダメだよ。今はぼくのこと、『オルティさん』、て呼ばなきゃじゃないの?」

オルティ——もとい、彼に化けた不死身のシェイプシフター、サダルメリクが小声で言い返す。
サダルメリクの変身は、外見は完璧に模倣できる。本物のオルティが、まるで怪我なんかしていないように、踊るようにやってきたと。ライドウのチンピラたちは恐怖していることだろう。
とはいえ、だ。

「オルティさんが! こんな所で! そんな浮かれてぴょこぴょこ歩いてるわきゃないだろ!」

ロータスが小声でツッコミを入れる。
外見は完璧に模倣できる。外見は。……中身に関しては、サダルの『なりきろう』という気分によるところが大きい。結果、雪の港で大はしゃぎのオルティが爆誕しているワケだ。ロータスは胃でも痛めていそうな顔で、当たり散らすように周囲のチンピラを睨んだ。
そのやりとりを眺めながら。案外、本物もこうな気もするが、とエヴァグリーンは首をかしげる。

彼らの正面には、積み上げたコンテナを足場にして、簡素なプレハブが建てられている。雑に溶接された階段を登ろうとすると、チンピラたちも(おもむろ)に前に出てきた。(いま)だ彼らはオルティに怪訝(けげん)な眼差しを向けてはいるものの、いくら何でも無条件に通す、というわけにはいかないらしい。ニットの下から、闖入者(ちんにゅうしゃ)たちをきつく睨め付ける。

「おい」

エヴァグリーンは、手近な男を捕まえる。そして、思い切りその男の(あご)に、頭突きを喰らわせた。哀れにも歯が砕け飛んだ。よろめき足を滑らせる男をぎゅっと掴んだまま、エヴァグリーンは牙を剥き出しにして、チンピラたちを見渡した。

「てめえら三ン下じゃ、話にならねえんだよ。邪魔だ。話の分かるヤツ出せ。」

すると、プレハブ小屋に突き刺さるように備え付けられているスピーカーが、ハウリングの唸りを発した。

『構いません。通しなさい。』

ざらついた音質の悪い放送だったが、それはまだ幼い、凛とした少女の声を響かせた。

外では室外機がスノーマシンの様に、降り積む雪を吹き散らかしているのに。プレハブの中は風がないだけで、寒さは外とさほど変わらない。ストーブの電熱線が真っ赤に熱を発していたが、冬に手向かうには小さすぎる代物だ。
小屋の中は真ん中で二部屋に仕切られている。奥がボスや幹部の執務室になっているのだろう。ガラス越しに部下に指示を飛ばすためか、室内に向けたスピーカーも設置されている。奥は暖房が効いているのか、ガラス面はところどころ曇り、結露していた。

「四ツ葉のおじ様。お久しぶりですわね。大怪我されたと伺いましたけれど、もうお加減はよろしいの?」

ライドウの頭、ライカ。
彼女はまだスクールに通うような年頃の娘だ。まるでスクールの制服のような愛らしい服装で、ガラスの向こうで大きな椅子に沈み込むように座って、鈴を転がすような声を響かせている。
彼女の隣には、むくつけき巨漢が立っていた。小山のような体格の、ライカとは親子ほども歳が離れた男だ。ライカの側近だろうか。おそらく外の連中程度なら、彼は赤子の手を(ひね)るように黙らせることができるだろう。エヴァグリーンは彼を注視した。……戦闘になれば、あれを押さえるのは自分だ。

「おかげさまでね。心配には及ばないよ。」

サダルメリクはいつの間にか、すっかりオルティになりきっていた。全てのギアがなめらかに噛み合ったかのように完璧だった。不気味の谷だった『オルティもどき』が、今は四ツ葉の王の威容を保ち立っている。その圧倒的な『変身』は、それと知らなければエヴァグリーンでも見抜けないだろう。サダルメリクはサングラスを外し、ライカに余裕そうな笑みを送ってみせた。瞳のバイカラーの輝きまで完全再現だ。

「これ以上、腹の探り合いは不要だろう。今日は快復のご挨拶に来たわけじゃないんでね。」

サダルメリクに促され、ロータスは、懐からタブレット端末を取り出した。そして、灯された画面をライカの方へと向ける。ライカは平静を保とうとしていたが、その画面を見た時には微かに身体を強張らせた。

「お嬢さん。この男のこと、ご存知ですよね?」

そこに映し出されたのは、あの時オルティを撃ち抜き、エヴァグリーンに制圧された狙撃手だった。3週間経ったとはいえ、簡単な添木だけを施された腕は、快癒とは程遠い状態だった。それに加え、エヴァグリーンが顎も叩き折ってしまっている。食べることもままならず、彼の頬はげっそりと削げ落ちていた。
ロータスはライカの反応を見て、にやりと笑った。彼女は身を固くしたが、何も画面に映った男の凄惨な有様に恐怖したからではない。あれは、身内がどれほど悲惨な状況でも『生きている』。それ自体を喜ぶ眼差しだ。だからこそ、揺さぶり甲斐がある。

「ご存知ですね」

もう一度、ロータスは念を押すように言った。
ライドウ一門は荒くれ者の集まりだ。そんな彼らが頭として、まだ若く、いっそ幼いライカを担ぎ上げているのには理由がある。彼女は先代の実の娘だ。一門のものは彼女が幼い頃から、己が娘のように彼女を可愛がってきた。先代への血の誓い、そして家族のように強固な絆が、彼女を神輿(みこし)に座らせている。彼女は導き手であり、アイドルだ。何の力も持ちはしない。しかし、周囲の男たちは彼女をこそ戴く。一門が紛れもなく、『家族』である証として。
それは、オルティの在り方と、似ているようで異なっていた。

「……知りません。知っていたから何だって言うの。」

それでもライカがそう言い返したのは、彼女なりの矜持(プライド)あってのことだろう。彼女は自分が飾り物であることを知っている。飾り物だからといって、逃れられない境遇であることも。ライカは椅子にかけたまま、ロータスを睨みつける。

「そんなくだらない見世物をしに……」
「メリーラム」

ロータスはライカの言葉を遮り、端末越しに呼びかけた。端末のカメラが動く。それはメリーラムの手持ちである。椅子に縛られて、ぐったりと項垂(うなだ)れている男にカメラが寄った。
エナメルの手袋に覆われた指が、そっと彼の壊れた腕を握る。ただそれだけの行為で、男は身を(よじ)って暴れようとする。歯の抜けた唇から、血膿が(よだれ)と共に滴る。それをカメラはじっと見つめる。
ライカは、ほとんど蒼白になっていた。

「お嬢さん。俺たちが、あんたに何をしに来たと思ってるんですか? 面白い手品でも見せてもらえると思いましたか?」
「……っ、」
「俺たちは、あんたを脅しに来たんだ。あんたが知らないって言う度に、彼の指を潰します」
「おじ様!!」

ライカはオルティに向かって、助けを求めるように声を張り上げた。が、サダルメリクはあくまでオルティらしく、肩をすくめて見せるだけだ。画面の向こうが激しく揺れる。ライカは目を背け、ぎゅっと(つむ)った。小さな肩が震えている。
不意に、ばん、とガラスが強く叩かれた。ライカの隣に控えていた巨漢が、憤怒の形相で睨んでいる。まさしく怒髪天を突こうという有様だった。みしみしと厚い強化ガラスが軋み、亀裂が広がる。
エヴァグリーンは低く構えた。ライカは半泣きで叫ぶ。

「だめ!やめて!トール!ナルカミが殺されてしまう——!!」

がしゃん、と砕けたガラスが注ぐ。まるで(いわお)のようなごつごつした肉の塊が突っ込んでくる。交錯の刹那、エヴァグリーンが前に出る。ふたりは犬のようにもつれ合い、転がった。
交渉を小屋の外で見守っていたのだろう。ライドウのチンピラたちが次々と小屋に(なだ)れ込んでくる。彼らの目に映るのは、(おび)えるライカの姿だけだ。各々、スクラップに使うバールや溶接トーチで武装している。ロータスも懐の短銃を抜いた。

「……どうしますか、オルティさん」

ロータスは小声で、インカムに向けてそう呟いた。

「仕方ないな……メリーラム、一旦止めだ。そいつ死なせるなよ。まだ使うから。」

インカム越しに指示を飛ばしながら、オルティはため息を吐いた。
相手方の護衛も護衛だ。ボスを守るのが仕事だろうに、自分が挑発に乗ってどうする。

「エヴァグリーン、お前はそいつを引きつけとけ。ロータス、あんまり雑魚と遊ぶなよ。サダル、まだしばらく『俺』でいろ。」

そして、蜂の巣を突いたように騒がしくなったインカムの音量を下げる。オルティは呆れたように、柔らかな椅子に沈み込む。

「どうかね、首尾は。上々、というようには見えないね。」

そっとグラスが差し出される。それは水を注いであった。オルティが仕事の最中であることを(おもんぱか)ってのことだ。それを差し出したのは、華麗なるカジノの王、シュワルツだ。愉快そうに微笑んでいる。

「キング。どうか、お構いなく。部屋を貸していただいただけでも、充分すぎるほどです……。」
「そっけない事を言うものじゃないよ。お前には、随分と怖い思いをさせてしまった。警備体制を見直したから、安心してくれたまえ」

カジノの入り口には、まるで空港のような金属探知機が設けられていた。そればかりではなく、黒服の人数も増やしているようだ。VIPラウンジから直接、ホテルの一室に入ったオルティは、それをちらとだけ見ていた。シュワルツも、あの日の襲撃はよほど腹に()えかねたらしい。相当、金を注ぎ込んだと見える。
ふと、インカムが通知を鳴らす。ロータスだ。

「どうした?」
『俺のほうは良いんですが、その……エヴァが帰ってきません』

オルティは苦笑して、手元のラップトップの画面を切り替えた。それはエヴァグリーンの襟元に付けたミニカメラだ。どうせ(はぐ)れると思って、別個にしておいたものだった。
トール、と呼ばれていた巨漢と楽しげに殴り合っている。竜種にしてみれば、自分たちのじゃれあいに付いてこられるだけで、人類種を認める理由になるのだろう。是が非でも、始めに力関係をはっきりさせておいて良かったと、オルティはエヴァグリーンと出会ったばかりの頃を懐かしむ。
画面の中では、激しく風雪(ふうせつ)が吹き付ける。馬鹿でかい男と何度も組み合っては殴り合い、互いに血糊を飛ばしている。何してるんだ、全く。

「エヴァグリーン、もう充分だ。ロータスの所へ戻ってやれ」
『だとよ、デカブツ!』

言うなり、エヴァグリーンは巨漢の太く逞しい脚を踏み台にして、身を捻る。鋭く振り抜かれた膝が、トールの蟀谷(こめかみ)を強かに撃ち抜いた。そのまま彼は凍った路面を転がっていった。

『おい! 今の見たか! テレビで見たやつだ、上手くできたぞ!!』
「はいはい、あんよがじょうずで大変宜しい。分かったから早く戻れ。転ぶなよ。」

うるせえな、と威勢のいい返事がインカムに返る。その直後、カメラは突然空を映していた。だから言ったのに。

ライカを孤立させてしまえば、後はなんとでもなるだろう。オルティは続けて、アルシァラに向けてショートメールを打った。健闘した彼らに迎えを出させるため、それから、人質を運ばせるために。アルシァラにもインカムを付けるように言ったのだが、彼はむさ苦しい殴り合いの音なんか聞きたくない、とそっぽを向いた。反抗的な態度はともかく、話し合いで済むわけがない、と見抜いていたところは大幅な加点である。
すぐにショートメールに返事が入る。サムズアップの絵文字だけの簡潔なレスポンス。全員が無事に帰るまでは気を抜けないが、オルティは深く安堵していた。……自分が現場に居なくとも、彼らは立派にやっている。
オルティの纏う空気がふっと和らいだためだろう。隣の椅子にかけていたシュワルツは、顔を上げてオルティを見た。

「まるで、我が子を見守る父親の心境だな。私にも息子が居るからね、よく分かる」
「私は彼らの父になったつもりは無いのですがね……でも、彼らの成長を見るのはとても楽しい。」

シュワルツは、自分のグラスにシャンパンを注いだ。金の泡が浮かんでは弾ける。それを手に取り、シャンデリアの灯りへと透かす。美しく、そして、儚いもの。飲み干せば消えてしまうひとときの夢の、さらにその中を迸る、小さな泡粒。シュワルツはそのひとつひとつを愛でるように眺めた。

「君が寄越してくれた、可愛い坊や。アルシァラは、よくやってくれているよ。」

オルティの後任として、アルシァラはシュワルツとの商談を担当していた。シュワルツがオルティを評価していたのは、その目利きの正確さだ。
街の飲食店や娼館などは人数的な需要が高いので、オルティも積極的に求職中のトヲラス人を斡旋(あっせん)してきた。シュワルツは基本的に否定をしない。どの店だって、オルティが差し出す人員にこれまで不満が出たことはないからだ。それぐらい、オルティという男は、自身が関わる人間への評価が適切だった。そのオルティが後に据えたのだから、彼の目利きはオルティの眼鏡に叶う程度に正確なのだろうと信頼した。事実、アルシァラはオルティと同じか、それ以上に素晴らしい目の持ち主だった。

「アルシァラはまだ若く、至らないところがあるでしょう。どうぞ、指導してやってください」
「お前は、彼とはあまり折り合いが良くないのだろう? 何故、彼を重用している?」

シュワルツの疑問は(もっと)もだ。
アルシァラはオルティに当たりが強い。アルシァラのプライドの高さは、優秀であるがゆえのものだ。そして、生まれつき翼持つ『天狗』(シエルトリアナ)であるがゆえのものだ。その彼が祖国であるトヲラスを出たのには、止むに止まれぬ事情がある。
オルティは、アルシァラを第二のタリーにしたくはなかった。

「私が彼に何かしてやれるとすれば、それは彼の生命と自由の保証だけです。この国で生きる方法を身につけること。それを教える事だけです。」
「それで、私のところへ?」
「あなたは、とても優しい方ですからね。それでいて、私はあなたほど厳格に、ご自身の枷鎖を守っておられる方を知りません。」
「おいおい、褒めても何も出せないぞ。四ツ葉の魔法使いめ。」

シュワルツは上機嫌に、シャンパン・グラスを傾けた。オルティは、目を細める。

「それに、クローバー貿易商会というのは、仕事場なのです。彼らが私を、それこそ父親のように慕う気持ちは嬉しい。けれど、いつまでも家族ごっこではいけない。……アルシァラは、見込みのある男ですよ。」

その微笑みは、わずかに自嘲に寄っている。
シュワルツは、その種の笑みを頻繁に見る。それは、後先がない者の顔だった。

「……お前は、もう、私に会いにくる気はないのだね。」

オルティは何も答えなかった。その沈黙こそが、明白な答えであった。

「それほど、悪いのかい」
「……春までは保たないと、医者には言われています。」
「そうか。寂しくなる。」

シュワルツはそっと、オルティの黒い手袋に包まれた手の甲に、自身の手を重ねた。オルティはわずかに躊躇ったが、結局、それを避けはしなかった。シュワルツが決して無理強いをする相手ではないと知っていたからだ。

「最後の記念、というわけではないが……一度ぐらいは、口説かせてくれないか?」

シュワルツは、オルティ自身を深く気に入っている。それは、仕事の良し悪しとは関係ない。純粋にこの男の仕草や佇まいが、花のように力強く、美しいからである。シュワルツは美しいものを愛しているのではない。美しかろうが醜かろうが、強く咲き誇るものをこそ、愛していた。

「私では駄目かな?」
「駄目です」
「いつもながら、つれない男だ。私はお前をこんなに高く評価しているのに……一度ぐらい私と寝てくれてもいいじゃないか? そんなに私は魅力がないかね?」

くつくつと笑いながら、拗ねたように、シュワルツは唇を尖らせた。この華やかで過激な夜の街の王は、決して個人を寵愛することはない。彼の愛情は広く街中に注がれるものだ。そうでなくては、不夜の主人は務まらない。シュワルツは遊びのつもりで、本気のつもりでもあるのだった。オルティもそれをよくよく理解している。

「キング」
「ああ。こうもきっぱりと断られては仕方がない。まさに高嶺の花というものだ。お前を忘れるのは骨が折れるだろう……」

そう言うシュワルツの側に寄り、頬に手を添えて。オルティはそっと、唇を重ねるだけのキスを与えた。

「これで、貸しにしていただけませんか」

ほんの一瞬のことだ。柔らかな唇も、清涼なムスクの(かおり)も、シュワルツのもとへは留まらなかった。ただ眩しい余韻だけを遺していく。咄嗟(とっさ)のことにシュワルツは、自身の唇を指先でなぞると、してやられたと言うように笑った。

「何てこった。お前は本当に、魔法が使えるのだね」

「結局、ライドウも利用されただけのようですね。金で釣られるとは、落ちたものです。」

ロータスは報告しながら、ターキーを齧っていた。外の寒さがよほど骨身に沁みたのか、ウイスキーが止まらないらしい。寒々しい港から一転、カジノのVIPラウンジへ横付けされたバンは、スペイドが運転していた。ナビはアルシァラだ。彼らは人質の運搬と、ロータスらカチコミ班の護送を見事にやってのけた。

「そんな事だろうとは思っていた。それを確かめに行ったんだ。何も問題はないさ」

珍しく、オルティもシャンパン・グラスを手にしている。それはこの感謝祭ディナーをプレゼントしてくれた、シュワルツへの敬意だった。甘酸っぱいクランベリーソースも、シュワルツの手製だという。
彼は豪気なことに、社員一同を招待してくれたのである。文化圏の違うトヲラス人たちは、馴染みのない感謝祭のディナーに、それぞれ顔を見合わせていた。早かったのはロータスだ。彼は本当に、場に溶け込むのが上手い。
かつて偉大なカジノ王を目前に固まっていたアルシァラは、今はもう堂々とシュワルツと話せている。シュワルツの甘やかな人心掌握の(すべ)を学べば、彼はますます成長できるだろう。
メリーラムはどこか気怠(けだる)げではあったが、満足そうにしていた。彼女は食事が好きではないものの、賑やかな場所は好きなのだ。以前は笑いもしなかった彼女が、そうして穏やかに過ごせていることが、オルティには嬉しかった。
サダルメリクは、社員たちとディナーを楽しんでいる。かつて怪物と呼ばれた彼と親しみ、笑い合う者がひとりでも多く増えればいい。そう願わずにはいられない。
群れからぽつんと離れて、エヴァグリーンが突っ立っている。これは自分の群れではない、とでも言いたげに。目が合うと、エヴァグリーンは困ったように眉を下げた。
仕方ない、声をかけに行くかと思ったところへ、ロータスが割り込む。

「エヴァあ! お前ぇ、ちゃんと食ってるのかぁ!?」

だめだこりゃ、もうベロベロになっている。
酒臭い酔っぱらいに肩を組まれ、エヴァグリーンは鬱陶(うっとう)しそうに牙を剥いたが、それだけだった。そのまま引きずられるように料理の前へ運ばれていく。それはまるで、輝かしい夢のように、愛おしく、いじらしい。オルティは静かに目を閉じる。この光景を、いつまでも憶えていられるように。

「えーーと、自分一言良いですかぁ!?」

ふいに、ロータスが声を張り上げた。まばらな拍手が起こる。ロータスはいつのまにか、高らかにグラスを掲げて皆の中央に立っている。

「まず本日のディナーはぁ、我らがカジノ王様からの賜り物でぇす!! はい拍手! お礼して!! ありがとうございます!!」

先ほどよりは気合の入った拍手。調子のいい連中が指笛を鳴らし、ありがとうございまーす、と合唱する。笑いが起こる。シュワルツは貴族らしく、優雅に礼をした。
それからロータスは、勢い、オルティのほうへ向き直った。

「それからぁ、我らがボスぅ! オルティさんの快復を祝して……」

社員たちの中から、おずおずと、受付嬢のリズが進み出た。手に紙袋を持って。オルティは何事かという顔で彼らを眺めている。

「ちょっと過ぎちゃいましたけどお、オルティさんのぉ、お誕生日でした! おめでとうございました!! ほら拍手!!」

割れんばかりの拍手が、ラウンジを包み込む。エヴァグリーンですら、小さく手を叩いている。リズはオルティに紙袋を差し出した。
リズはにこやかに微笑むと、手話で《みんなで》と形作った。——カンパ。オルティはすっかり、自分の誕生日のことなど忘れていたのに。くらくらした。滅多に飲まないシャンパンのせいかもしれない。

「はい、それじゃ、乾杯!! ご清聴ありがとう!」

拍手。拍手。拍手。
オルティは立ち尽くして、紙袋も受け取れずにいる。気を利かせたリズが袋を開けて、丸いハットボックスを取り出す。黒の化粧箱に、金の箔押し。オルティが好んでいる、ハットメーカーの名門の印章。
自由になる右腕で、箱を開けて。艶やかなアイボリーに、バーガンディのリボン。そっと手に取って、頭に乗せる。羽のように軽い。似合うよボス、と誰かがヤジを飛ばした。

「……ありがとう」

ハットを押さえたまま、(うつむ)いて。オルティは、声が震えるのを止められなかった。

(続く)